チーズとうじ虫
11月は家族の思わぬ入院騒ぎで
ブログをすっ飛ばしてしまった…って
もう年の暮れだよ!
そして来月末には放送大学の
単位認定試験である。
なにもしていない。なーにもしていない。
今回は「ヨーロッパの歴史1」で、
暗記テストではなく、いくつかお題が出て、
好きなの選んで論述するというもの。
持ち込み可なので、先にヤマ張って
文章作っとく。
なにが出るかは過去問を分析。
古代から近代までかなり幅広い範囲だけど、
そもそも中世をやってみようと思ってたので、
そのへんやってみまっす!
しかし中世に関する自分の知識としては、
映画「薔薇の名前」ぐらいのもんなので、
(寒そうだね)
もうちょっと補強しましょう…。
(教科書を読み返すとかしない人)
カルロ・ギンズブルグ
「チーズとうじ虫」
父親の蔵書の中にあって、
子どもの頃から「変わった題名やなーっ」と
思ってた本です。
大人になってから、中世ヨーロッパの
話と知った。
現在のイタリア北部、フリウリ地方の
粉挽き・通称メノッキオ。
【自分の頭で考えた】様々なことを、
まわりの農民たちに語ったため
異端の疑いをかけられ、
最終的には火炙りにされてしまうのだが…。
どんなことを言ったか
「すべてはカオスで、チーズからうじ虫が
わき出るように、カオスから天使が出てきた」
「処女懐胎はありえない」
「キリストは人だ」
と、教会からするととんでもないことを
周りの農民たちに言い、議論を吹っかけた。
当時の粉挽きは、インテリだったのかな。
そうでもないのか。
でも彼は、読み書きができた。
そういうことを教えてくれる学校が
あったようだ。
メノッキオが独創的な考え方を
持つに至ったのは、
この時代、印刷術の発達により、
多様な書物を手にすることができ、
いろいろな思想や見聞に触れることが
できたからだ。
書物は、自分で買ったり、人に借りたり
していたようだが、
聖書の略述記、マンデヴィルの旅行記
読んでいた可能性がある。
そしてこれらはラテン語ではなく、
民衆の話し言葉で記されていた。
知識は限られたエリートだけのものではなく
一般の人々のところまで
下りてきていたと言うこと。
普段農民たちに自説を語っていた
メノッキオが、【博学な】【知識階級の】
聞き手である異端審問官との討論を
ある種の陶然となる体験と捉えていたと
いうのは、皮肉で面白い。
(ヤバイながらもやっと歯応えのある
論戦相手ができたというところ)
ところでメノッキオの住んでいた
フリウリ地方は不思議なところで、
古い農耕儀礼のなごりである
「ベナンダンティ」といった人々がいたり、
地元の教会があまり中央の言うことを
聞かなかったり、
違う文化と隣接してるためか、
少々変わったことでも容認する
空気があったようだ。
(最終的には異端とされるにせよ)
(ほんとにイタリアの端っこ)
だから農民たちもメノッキオが
(またヘンなこと言ってる…)ぐらいに
思っていたようだ。
(←告発したのは仲が悪かった司祭。)
なぜメノッキオは語らずには
いられなかったのか。
知る喜び、考えを組み立てたり、
人に自論を語る愉しさを
知ってしまったから?
……
さてこれは、読み返し型読書に
なりそうなので、行きつ戻りつ
ゆるゆる読むことにします。
(間に合うのか)
でも、
人と違うことを考えたり、言ったりすると
殺される世界って、怖いですよね。